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谷口隆

Author:谷口隆
数学を題材に綴るというちょっと変なブログですが,楽しんでいただけたらと思います.いろいろな数学を取り上げ文字に起こすことで,『数学とはどんなものか?』ということを,読者の方と一緒に考えていきたいと思っています.本人は,整数論という数学の一分野を研究しています.1977年生まれ.
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連載コラム『数学者的思考回路』
(裳華房ウェブサイト,共著)

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東大の秋入学検討のニュースについて
(※少し表現を修正し,議論を補いました.東大の秋入学移行に反対する東大教員有志の会が立ち上がっています.(2/15))


このブログでは数学のことを書いていこうと思っていましたが,数学以外でも社会情勢のことなど,気になることというのは僕にもあるものです.(←当たり前のこと書いてすみません.)この件は僕の仕事と関係も深いので,関係者として意見を書き記しておこうと思います.数学じゃなくてすみませんが,興味のある方の参考になれば幸いです.東大といくつかの大学が秋季入学を検討していること,それを政府も「大変評価」し,また経団連も歓迎すると述べたというニュースのことです.結論から言えば,この実施案には重大な問題点が複数あると考えています.

●   ●

僕自身も,どちらかというと学年は秋から始まる方がよいと思っています.世界では学年暦は秋から始まる方が一般的なので,暦が揃っていた方が,留学の他,研究交流などでも便利なことが多そうです.(今回の僕のプリンストン滞在も,暦が揃っていたほうがだいぶよかったです.)また,年度替わりに長い夏休みが来るので,落ち着いて新年度を迎えられるのもよいことに思えるからです.なので第一報を聞いたときは,なんとなくよいニュースのように思いました.ところが冷静になって調べてみると,個人的にはとても賛成と言えるような内容ではありませんでした.(僕の視点から)問題点を解説しようと思います.

※実際にどう話が進んだかを可能な限り知るには,東大が公表している「中間まとめ」というものを読むしかやはりないようです.長い(58ページ)ので,特に興味のある方はご覧ください.
東大の該当サイト「中間まとめ」(PDFファイル)


(1)空白期間
「中間まとめ」によると,高校以下は暦を変えず,大学だけ秋入学に移すそうです.とすると,高校卒業から大学入学まで半年の空白ができます.卒業時期もずれ込むので,実質的に半年間の留年(卒業後も半年空白ができる場合は計1年の留年)です.この,若いときの貴重な時間をどうするのか?この半年の空白を『ギャップターム』と呼び,学生たちにインパクトのある豊富な学習体験をさせるのが教育効果が高いということだそうです.留学・ボランティア活動・企業での就業体験・自主学習などが想定されているようです.大学はあまり関わらず,学生に主体的にやってもらうそうです.

それってどうなんでしょう?例えば留学.留学ってなんとなくよさそうですが,実際のところ,余程はっきりした目標がない限り,ただ数ヶ月海外に住むだけになります.アメリカに少し住んだら英語が上達する,なんてことはありません.留学にせよ何にせよ,自分で計画を立てて身になることを学び取るというのは難しいことです.うまくいかなくても,失敗も経験になるじゃないかという声があるかも知れませんが,少し考えれば分かるように,ここには当てはまりません.動機があり,精一杯知恵を絞りエネルギーを注ぎ込んだ,それでも失敗した,そんな経験が長い目でみて役に立ちうるということであって,そういう土台のない薄っぺらな失敗は何の糧にもなりません.

イギリスの『ギャップイヤー』という制度を参考にしたそうですが,本家のこちらは学生による選択制で,1年間の遅れと引き換えにしても学びたいことがあるというはっきりした目標を持つ学生を支援する制度です.この重い決断をする学生は全体の7.6%ほどだそうで,今の社会制度では高校卒業時にそんな意識を持てる学生は必然的に少数でしょうから,それが妥当だと思います.彼らでこその「失敗も経験」であって,本人の意識と無関係に与えられる(強制される)『ギャップターム』は根本的に異なっています.ギャップタームに大学はあまり関わらないとのことなので,

民間委託→商業主義によって生まれた安直な学習体験→薄っぺらな失敗→学生たちの心の傷

となるような気がします.加えて,半年もの期間を全部自分で管理するという点も,精神的に苦しいものです.学生のメンタル面での負荷はかなり心配です.

(2)国際競争力?
欧米の英語圏の大学と競うため,国際化・英語力強化という目標も掲げられています.周囲でも国際的な競争を迫られる局面が増え,英語の重要性も高まった昨今,この目標自体は僕も賛成ですが,戦うには戦略ビジョンが必要です.話を単純化しますが,例えばマイクロソフトの覇権の下で,グーグルは何をしたか?強力無比な検索サイトを作ってそれを武器に食い込んでいったわけです.アマゾンもフェイスブックもしかり.「マイクロソフトに負けないOSを作ろう」「グーグルに負けない検索サイトを作ろう」みたいな単なる真似では,そのモノサシで既に一番になっている団体には勝てるわけありません.戦うなら,相手の戦略を研究した上で,自分ならではの強みをどう活かして食い込みうるかを冷静に見極めることが必要条件です.戦略もなく戦いの場に乗り込んだりするとヒドイ目にあいます.「中間まとめ」によると外人教員を何パーセントに増やすとか英語の授業を増やすとのことです.何も考えてないということはないはずですが,この説明ではどう戦略を立てているのか不明です.

(3)その他
空白期間の間に学力が低下する点も大きな問題です.また,ギャップターム用に大学としても授業を用意するそうですが,各種制度改革の結果,現在は大学教員もかなり忙しくなっています.不必要に仕事を増やすと,本来担っている教育・研究に支障が出て本末転倒です.(授業の一つや二つぐらいと思われるかも知れません.でも既存の授業と重複しすぎず,目的に沿った授業を新しく計画して準備する,というのはかなりの労力を要するんですよね.)

(4)それから
秋入学は,実施すればもう二度と元に戻せません.(遅らせることはできても早めることはできないのです.)後で「しまった」とならないよう,事前に,起こりうる問題点についての冷静で緻密な検討が必要です.

●   ●

東大の発表後,首相と経団連代表がすぐ賛成を表明しました.事前にかなり根回しがあったのでしょう.首相は『評価する.官民でよく議論を』と言ったとか.「よく議論を」というのの先に「評価」という言葉(←というかもうちょっと突っ込むと,「評価する」という表現だが,回答の中身は完全に「賛成する」である)が来るのがすごい.東大の「中間まとめ」では,『これを機に幅広い議論が展開されることを願う』と書く一方で『待ったなし』と煽り立てるようなフレーズもあって,読めば読むほどいい加減な議論が目につきます.残念なことですが.

もうまじめに反対意見に取り合う気は上層部にはなく,もはや秋入学は既定路線なのかも知れません.しかしこれが日本中の大学にどんどん波及する可能性を考えると余計に恐く,結果はさておき僕がやれることがあったら(このブログを含め)やっておきたいと思っています.

数学以外 | 13:25:47 | トラックバック(0) | コメント(2)
コメント
実際、現場では大学院重点化のときのようにロクな議論も対策も無いまま見切り発車になって、将来の学生に重大な負担を残すだろうという声が多く聞かれます。東大が言い出したことになっていますが、実際の出所はどこなのか怪しいものですし。
一番影響を受けるのは学生なのですから、大学や企業だけでなく、学生もこの議論に大きく関われる場を設けるのが一番重要な気がします。
2012-02-07 火 05:12:17 | URL | ドク [編集]
お返事が遅くなってすみません.バタバタしていました.

私は海外にいますが,内部ではいろいろと問題点の指摘が出ているのではないかと何となく想像しています.学生さんが議論に参加できるのは大切だと思います.ただ実施は5年後ぐらいだそうなので,今の学生さんはあまり関係ない(ご本人自身の直接の問題ではない)ですよね.実際にその影響を受ける中学生・小学生の生徒さんに議論に参加してもらうのも難しいので,学生さんに参加してもらってもまだ不十分なように思います.(その生徒さんの保護者の方に参加してもらうのがいいのでしょうか?)
2012-02-19 日 21:40:48 | URL | 谷口隆 [編集]
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