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谷口隆

Author:谷口隆
数学を題材に綴るというちょっと変なブログですが,楽しんでいただけたらと思います.いろいろな数学を取り上げ文字に起こすことで,『数学とはどんなものか?』ということを,読者の方と一緒に考えていきたいと思っています.本人は,整数論という数学の一分野を研究しています.1977年生まれ.
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連載コラム『数学者的思考回路』
(裳華房ウェブサイト,共著)

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無名の数学者だったジャンさん
前回の『双子素数予想の進展』の続きです.(またもや更新が遅れてすみませんでした.)

今回の定理を証明したジャンさんは,ほとんど誰にも知られていない,無名の数学者でした.7000万という有限の値が示されたことだけでも仰天の大ニュースでしたが,それが当該きっての第一人者でなく,ジャンさんという無名の数学者によってなされたというがまた,相当の驚きだったのです.

これがどのようにすごいことなのか,どんな意味を持っているのか,を書きたかったのですが,構想がまとまらないまま日がたってしまいました.あまり引き伸ばすのもよくないので,ちょっと散漫ですが,思いつくままに綴らせてください.

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一般的に言って,このような難問に挑戦することには,2つの「リスク」があります.1つは問題が解けないかも知れないという(しごく当然の)リスク.長年未解決だった問題です.どんなに頑張っても解けるとは限りません.そして数学の場合,"だいたいOK"は通用しません.ほぼうまくいったと思っても,小さな間違いが一箇所でもあれば,その蟻の穴から理論全体がこわれてしまうのです.もう一つは,別の人に先を越されてしまうリスク.いい線まで行っていても,誰かが先に論文を発表したら,業績はその人のものになるというのが,研究者の間で採用されている「業界ルール」です. GPY3氏の論文が発表されてからこの問題は大きな注目を浴びました."Big expert" とされるような人を含む多数の研究者たちが日夜議論をして,この問題へのアプローチを試みていたわけです.この人たちが思いつかなかったアイディアを考えだして先に解くなんて至難の業です.

こんな「リスク」のある問題に取り組んだジャンさんはどんな人だったか.ご本人は50歳ぐらいの方で,アメリカのニューハンプシャー大学で数学の lecturer (講師) をされています.この lecturer という職ですが,アメリカの研究仲間に聞いたところ,よい待遇の職位とは言えないようです.給料は低め,そして何より契約は1年なり3年なりの更新制で,仕事内容が悪いと契約が打ち切られることもあるそうです.ジャンさんの授業は(うわさで聞いた限り)けっこう人気があるようでした.研究については,割と重要な論文を一本書いていますが,それは10年以上前のもので,以降は全然研究発表がありませんでした.そして,若い頃はこのような職もなく,地下鉄の駅でサンドウィッチを売って糊口をしのいだこともあったそうです.

インタビューで境遇について聞かれたジャンさんは,次のように答えています.“My mind is very peaceful. I don’t care so much about the money, or the honor.” “I like to be very quiet and keep working by myself.”

どうしてジャンさんがここまでハードな問題に挑戦したのか,思いを巡らすほどに仰ぎ見るような気持ちになるのですが,人にどう見られようと,不遇であろうと,ジャンさんにとっては,この問題を考えることが数学をすることであり,また生きることに他ならなかったのだとしか,想像のしようがありません.(ちなみにインタビューでは,GPY3氏の論文の"within a hair’s breadth"の文を読んで,“That sentence impressed me so much.”と答えています.これには『ワイルズさんを引き込んだもの』の”感電したようなショック”と何か通じるものを感じます.)

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ジャンさんは学生時代は秀才で名が通っていたという話もあります.こんな研究を成し遂げるほどのジャンさんがなぜ今まで不遇だったのか.「見るべき人の見る目がない」という批判はまぁもっともなのですが,最終的にはこれは,人を評価することが根本的に難しいということから来ているのではないか,と僕は考えています.証明された定理を見比べても,分野が違ったりすると,どちらがよいか,客観的な判断基準はありません.ましてや,「証明できるかどうか分からないがいろいろ考えている」という状態を,その人が持っているビジョンも含めて比較し序列をつけるなど,不可能に近い.どうしても,出版論文の数や学術誌の格,あるいは「力ある専門家の見解」に頼ることになります.それがいつも間にやら実体感を伴うようになり,個々の学者の研究スタイルにも深いレベルで影響を及ぼします."publish or perish" (出版するか消えるか)というやや自嘲めいた語呂合わせがあるのですが,これも,他人の評価に影響されずに自分の意志で研究することの難しさを表しています.

ジャンさんの偉業を聞いて,素数の研究者でなくとも多くの数学者が,「励まされる」と感じています.7000万という数値を小さくしようというインターネットの共同作業は,非常に活気ある状況が続き,2カ月以上たった今も議論が行われています.("Big expert"が証明していたら,こうはならなかったと思います.)アメリカは「公正な評価の先進国」だと思うのですが,「公正な評価」を目指すほど,評価制度が硬直化したり,人を評価することのある種の限界がはっきりしたりする.ジャンさんの全身全霊の研究は,そんな閉塞感のある状況にちょっとした風穴を空けたかのようです.


(追記)大学院時代の指導教官である Tzuong-Tsieng Moh さんが,ジャンさんについて書いています."Zhang,Yitang's Life at Purdue"


コラム | 10:26:59 | トラックバック(0) | コメント(1)
コメント
Re: こんばんは
メッセージをありがとうございます.

若いころから抜きんでていた人も少なくないと思いますが,全員がそうかと聞かれれば,そんなことはありません.抜きんでているかどうかは身近な周囲との相対的な比較ですし,才能の出る早い遅い,目立ちにくい目立ちやすい,などは様々ですから.でも,数学者になりたいと思った人が全員なれるわけでないのも事実です.後になって振り返って「こういうこだわり方なり問題意識の持ち方なりでは他の人はあまり考えてないようなものがあった」というエピソードは何かしらあるのではないかと思います.
2013-08-01 木 09:42:00 | URL | 谷口隆 [編集]
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