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谷口隆

Author:谷口隆
数学を題材に綴るというちょっと変なブログですが,楽しんでいただけたらと思います.いろいろな数学を取り上げ文字に起こすことで,『数学とはどんなものか?』ということを,読者の方と一緒に考えていきたいと思っています.本人は,整数論という数学の一分野を研究しています.1977年生まれ.
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連載コラム『数学者的思考回路』
(裳華房ウェブサイト,共著)

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ソロバン
プリンストンの数学科にジョン・コンウェイ(John Conway)という数学者がいる.いくつもの分野で名の響いている大物数学者だが,本人は(70歳を過ぎた今も)数学で人を驚かせることばかり考えているらしく,周りからはマセマジシャンなどと呼ばれている.ある日数学科のコモンルームに行ったら,彼の友人だという本物の手品師がコンウェイさんを訪ねて来ていて,何やらパソコンの画面を見ながら議論をしていた.

こっちとしてはその絵だけでも十分に面白かったのだが,どういうわけか僕も,その場に居合わせた知り合い数人と共にその会話に混ざってしまった.彼らが見ていたのは,日本人の9歳の女の子二人が暗算をしている映像である.画面に一瞬だけ映される3桁の数30個を,二人とも正確に足しあげていた.(YouTube でその動画を見つけました.興味のある方はどうぞ.)僕ら日本人にとっては何度かテレビで見たことのあるようなもので,ソロバンに一定以上熟練するとできるようになると言われている技だが,こちらの人にとってはかなりの驚きらしい.

ところが,その映像にはもう一つ話があった.画面を見て足し算をする一方で,二人の女の子は同時にしりとりもやっていたのである.「何か word game をやってるとのことなんだが,どんなルールか分かるか?」と聞かれ,ここばかりは日本人,すぐにしりとりと合点がいきたどたどしくも何とか英語で説明した.

こんな離れ業のようなことができる理由は,(学説によれば)右脳と左脳の使い分けにあるらしい.イメージの暗算は右脳・言葉のしりとりは左脳で,独立にはたらくのだそうだ.手品師マークさんは初等教育にも強い関心を持っていて(その理由は聞きそびれてしまったが),この後僕のソロバン歴や日本でのソロバン教育についていろいろ聞かれた.

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ソロバンを習っても初等的な計算ができるようになるだけで,高等数学の習得には効果がない―僕が子供の頃はこんな説が一般的で,ソロバンはあまり推奨されていなかった(今はまた人気が出てきているようだけれど.)きっとそんなこともあって,僕はソロバンは習わなかったのだと説明すると,マークさんは「確かに高等数学の習得にはあまり効果がないようだ.でも小学生の中には,計算が苦手で授業中じっと座っているのが苦痛な子供がいる.算数が得意な子は今のままでよいが,苦手な子たちには,体を動かしながら(=指を使いながら)計算するソロバンの方が合う子供もいるのではないか.」と言っていた.確かに,指を使いながらのほうが集中力が続きやすいというのはうなずける.それに,木の手触りやソロバンの玉を弾くときのパチパチという音も心地よくて効果がありそうだ.ソロバン教室の形態も含め,ここには,長い時間をかけて培われた知恵が宿っているようにみえる.

僕はソロバン教室の代わりに,子供時代は公文に通った.実際のところ,優等生というよりは反抗心が強く出てかなりご迷惑をおかけしたのだけど(本当にすみませんでした),今教室のことを思い出してみると,寺子屋と聞いて脳裏に浮かぶイメージと何か重なるものがある.学校では「まじめな子」を通してしまった僕は,公文の教室で反抗することで反抗期を越えたのかもしれない(人並みには家でも反抗したと思うが).

寺子屋は江戸時代に広がった日本独自の民間教育システムで,当時の江戸の就学率は世界中の都市の中でも完全に群を抜いていたようだ.現在の日本の民間教育(教室・塾・予備校など)は基本的に受験と無関係ではすまず,また受験は今の日本社会の問題の集積点という側面も持つため,民間教育は功にせよ罪にせよ声高に語られてしまうことが多い.でもここには,寺子屋を代表とした,日本に古くからある草の根の民間教育の伝統が生きているように思われる.

日本の数学書の出版文化と言えば,ちょっと大きな本屋さんには一般向けの数学書が並んでいたり,数学セミナー数理科学のように商業ベースに乗る数学の月刊誌が何冊もあったりで,世界にも類をみない水準のようだ.このような文化は,一朝一夕に根付くものではない.これも,古くからの民間教育に支えられた日本の教育水準,特に国の持つ数学力総体の相当な高さを示すものではないだろうか.数学力といっても大学での教育や研究に関しては,大学という制度をヨーロッパから輸入した経緯もあって,欧米の大学を見習って改善に向けて努力すべき点は今もいろいろある―いわゆる『入りやすく出にくい欧米の大学と,入りにくく出やすい日本の大学』の問題とか,研究者の組織的連携とか自由な研究の雰囲気とか―僕も不覚にも焦りを感じてしまうこともある.でも,広く一般の人への数学の伝達・伝授・継承という点については日本は今も世界最先端を歩んでおり,(官民問わず)誇りを持って更なる可能性を切り開いていけばよいのではないだろうか.

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数独に似た "KenKen" という数字パズルがある.宮本哲也さんという算数塾の先生が考案したパズルだ.今新聞 "ニューヨークタイムズ" には,KenKen が毎日2問載っている.ビジネスマンが毎朝,軽い頭の体操にと解くのだろう.僕が初めて見たと言ったら,コンウェイさんは『私も毎日やっているよ.数独に比べるとやや人工的なパズルな気がするがね.』と言いながらやり方を教えてくれた.

話は飛ぶが,安倍内閣が設置した"教育再生"のための委員会は,その第二形態「教育再生懇談会」の途中でいつの間にかひっそりと立ち消えてしまったらしい.今はその経緯の説明もインターネット上にはなく,僅かに廃止の事実が知れるのみである.政権が交代したらこんな風になるのだろうか.そして中間報告に,民間教育の役割は語られていない.ニューヨーカーが KenKen をやっているさまを想像した僕は,もし日本に"教育再生"が必要だとするなら,その鍵は民間教育,もしくは公教育と民間教育の連携にあるのではないかと思った.






(追記1)江戸時代の寺子屋・民間教育については,『花のお江戸はボランティアで持つ』という伊勢雅臣さんの記事が興味深く,参考になりました.

(追記2)コンウェイさんは以前講演で『この群は元の個数が-1個である』と言ったことがあるらしい.僕のとある数学仲間は講演でこれを聞き『このブッ飛び具合に負けたくない!』と,闘志を燃やしたそうだ.何とも頼もしい.


日記 | 12:34:15 | トラックバック(0) | コメント(2)
コメント
ファインマンの自伝(どれかは忘れました)に,ソロバンの得意な人と計算勝負をする話がありました.足し算や掛け算では勝てず,もっと複雑な計算(3乗根か何か)をやったら勝った,何故そんなに速く計算できたかと相手に聞かれて説明したが上手く伝わらなかった,ということで,「高等数学の習得には効果がない」という説を裏付けるような話だったと思います.小学生の時にこんな話を読んでしまった僕は,やはりソロバンは習わずじまいに(笑).
一般に高等数学が好きな人は,ソロバン名人のような機械的計算力を軽視する傾向が感じられます.また職業数学者の中には,数学オリンピックなどで好成績をとる能力を軽んじる人もいるようですが,なにか共通の心理が働いているんでしょうかね?
2011-01-20 木 12:29:42 | URL | やまもと [編集]
コメントどうもありがとうございます.

「ラッキー・ナンバー」というエッセイですね.(岩波現代文庫の『ご冗談でしょう,ファインマンさん(下)』にあります.)僕も以前読みました.ファインマンの自伝のような優れた書き物はなかなかの説得力があり,逆に無意識に思考が縛られたりもするので,僕もマークさんとの会話でちょっと考えが改まった面があります.もっともファインマンほどの発明家なら,もし彼がソロバンを習ったならそこから何か面白い「技」を編み出したかもしれませんし,またこのエッセイも,計算が速いだけで周囲に威張っている男の,数に対する理解を深めようとしない態度を問題にしているように読むことができます.

それはともかくお題の件ですが,うーん,どうでしょうか.例えば自身数学オリンピックで活躍し,フィールズ賞も受賞したテレンス・タオ (Terence Tao)は,ブログの Advice on mathematics competitions という記事で,数学オリンピックのような若者向け"数学コンペ"の意義を述べつつ,それと"現代数学"の違いにも注意するよう書いています.アメリカの数学界では,数学オリンピックの出場暦がある人は就職活動のための履歴書にそれを書くようなので,(そのようなことのない)日本と比べるとその能力は軽んじられていないようです.

共通のものがあるかどうかよく分からず,あまりピンと来るお答えができないのですが,ひとたびこの辺で.
2011-01-21 金 17:02:34 | URL | 谷口隆 [編集]
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